栄花物語 二十七 ころもだま 全訳品詞分解
栄花物語 二十七 ころもだま 全訳品詞分解
【栄花物語(えいがものがたり)】
【二十七巻 衣珠(ころもだま) 全訳品詞分解】
古文:大北の方も、この殿ばらも、また押しかへし、臥しまろばせ給ふ。
かな:おおきたのかたも、このとのばらも、またおしかへし、ふしまろばせたもふ。
現代語訳:大北の奥方も、この貴族たちも、また(悲しみが)押し戻ってきて、床に伏せてお苦しみになる。
品詞分解:大北の方 も この 殿ばら も また 押しかへし 臥しまろば せ 給ふ
文法解説:大北の方(名詞) も(副助詞) この(連語) 殿ばら(名詞) も(副助詞) また(副詞) 押しかへし(動詞 押しかへす 連用形) 臥しまろば(動詞 臥しまろぶ 未然形) せ(助動詞 す 未然形) 給ふ(動詞 給ふ 終止形)
文章解説:この文章は、情景描写で、亡くなった妻の遺体を見て、知人たちが悲しみます。平安時代の葬儀では、遺体を寺院まで、牛車で運びます。その準備をしていると、遺体がどうしても目に入り、悲しみが募ります。
古文:これをだに、悲しく由由しきことに言はでは、また何ごとをかはと、見えたり。
かな:これをだに、かなしくゆゆしきことにいはでは、またなにごとをかはと、みえたり。
現代語訳:これをまさしく、悲しく異常なことだと言わないで、また何事を(悲しく異常なことだと)言うのだろうかと、(悲しみの光景が)見えたのだ。
品詞分解:これ を だに 悲しく 由由しき こと に 言は で は また 何ごと を か は と 見え たり
文法解説:これ(名詞) を(格助詞) だに(副詞) 悲しく(形容詞 悲し 連用形) 由由しき(形容詞 由由し 連体形) こと(名詞) に(格助詞) 言は(動詞 言ふ 未然形) で(接続助詞) は(格助詞) また(副詞) 何ごと(名詞) を(格助詞) か(係助詞) は(格助詞) と(格助詞) 見え(動詞 見ゆ 連用) たり(助動詞 たり 終止形)
文章解説:この文章は、情景描写で、妻を喪った貴族の悲惨さです。古典日本語では、強調に、反語表現をよく用います。
古文:さて、御車の後に、大納言殿、中納言殿、さるべき人人は、歩ませ給ふ。
かな:さて、みくるまのしりに、だいなごんどの、ちゅうなごんどの、さるべきひとびとは、あゆませたもふ。
現代語訳:さて、牛車の後ろに、大納言殿(藤原斉信)、中納言殿(藤原長家)、ふさわしい人人は、お歩きなる。
品詞分解:さて 御車 の 後 に 大納言殿 中納言殿 さる べき 人人 は 歩ま せ 給ふ
文法解説:さて(副詞) 御車(名詞) の(格助詞) 後(名詞) に(格助詞) 大納言殿(名詞) 中納言殿(名詞) さる(動詞 さあり 連体形) べき(助動詞 べし 連体形) 人人(名詞) は(格助詞) 歩ま(動詞 歩む 未然形) せ(助動詞 す 未然形) 給ふ(動詞 給ふ 終止形)
文章解説:この文章は、情景描写で、貴族一行が寺院に向かいます。
古文:言へば愚かにて、えまねびやらず。
かな:いへばおろかにて、えまねびやらず。
現代語訳:言葉にすると中途半端になり、描写しようがない。
品詞分解:言へ ば 愚かに て え まねび やら ず
文法解説:言へ(動詞 言ふ 已然形) ば(接続助詞) 愚かに(形容動詞 愚かなり 連用形) て(接続助詞) え(副詞) まねび(動詞 まねぶ 連用形) やら(動詞 やる 未然形) ず(助動詞 ず 終止形)
文章解説:この文章は、強調描写です。葬列の豪華絢爛さを、作者が念押ししています。
古文:北の方の御車や、女房たちの車など、ひき続けたり。
かな:きたのかたのみくるまや、にょうぼうたちのくるまなど、ひきつづけたり。
現代語訳:北の方の御車や、女房たちの車などが、後ろから続いた。
品詞分解:北の方 の 御車 や 女房たち の 車 など ひき 続け たり
文法解説:北の方(名詞) の(格助詞) 御車(名詞) や(格助詞) 女房たち(名詞) の(格助詞) 車(名詞) など(副詞) ひき(動詞 曳く 連用形) 続け(動詞 続く 連用形) たり(助動詞 たり 終止形)
文章解説:この文章は、情景描写で、貴族一行が寺院に向かいます。男性も女性も含めて、平安貴族の関係者たちを、表現しています。
古文:御供の人人など、数知らず多かり。
かな:おとものひとびとなど、かずしらずおおかり。
現代語訳:御供の人人などは、数えられないくらい多い。
品詞分解:御供 の 人人 など 数 知ら ず 多かり
文法解説:御供(名詞) の(格助詞) 人人(名詞) など(副詞) 数(名詞) 知ら(動詞 知る 未然形) ず(助動詞 ず 連用形) 多かり(形容詞 多し 終止形)
文章解説:この文章は、情景描写で、貴族一行が寺院に向かいます。葬儀がどれだけ盛大であったかを、表現しています。
古文:法住寺には、常の御渡りにも似ぬ御車などのさまに、僧都の君、御目もくれて、え見たてまつりたまはず。
かな:ほうじゅうじには、つねのおわたりにもにぬみくるまなどのさまに、そうずのきみ、おめもくれて、えみたてまつりたまはず。
現代語訳:法住寺には、いつもの移動用とは異なる牛車の様子(葬式用の牛車の様子)に、僧都の君(藤原一族出身で、出家して僧になった男性)は、目の前が暗くなり、見ていることができない。
品詞分解:法住寺 に は 常 の 御渡り に も 似 ぬ 御車 など の さま に 僧都の君 御目 も くれ て え 見 たてまつり たまは ず
文法解説:法住寺(名詞) に(格助詞) は(格助詞) 常(名詞) の(格助詞) 御渡り(名詞) に(格助詞) も(副助詞) 似(動詞 似る 未然形) ぬ(助動詞 ず 連体形) 御車(名詞) など(副詞) の(格助詞) さま(名詞) に(格助詞) 僧都の君(名詞) 御目(名詞) も(副詞) くれ(動詞 暗る 連用形) て(接続助詞) え(副詞) 見(動詞 見る 連用形) たてまつり(動詞 奉る 連用形) たまは(動詞 給ふ 未然形) ず(助動詞 ず 終止形)
文章解説:この文章は、情景描写で、牛車が寺院に到着します。「御目も暗れて」は、実際に目が見えなくなるわけではありません。現代日本語の慣用句「目の前が暗くなる」に近い表現です。
古文:さて、御車かきおろして、つぎて人人おりぬ。
かな:さて、みくるまかきおろして、つぎてひとびとおりぬ。
現代語訳:さて、牛車を停めて、固定して人人が降りた。
品詞分解:さて 御車 かきおろし て つぎ て 人人 おり ぬ
文法解説:さて(副詞) 御車(名詞) かきおろし(動詞 掻きおろす 連用形) て(接続助詞) つぎ(動詞 継ぐ 連用形) て(接続助詞) 人人(名詞) おり(動詞 降る 連用形) ぬ(助動詞 ぬ 終止形)
文章解説:この文章は、情景描写で、牛車から貴族一行が下車します。「掻きおろす」とは、牛車を引く轅(ながえ)を、大地におろすことです。
古文:さて、この御忌のほどは、誰もそこにおはしますべきなりけり。
かな:さて、このぎょきのほどは、たれもそこにおはしますべきなりけり。
現代語訳:さて、この喪中の間は、誰もがそこ(法住寺)にご宿泊されるべきでした。
品詞分解:さて この 御忌 の ほど は 誰 も そこ に おはします べき なり けり
文法解説:さて(副詞) この(連語) 御忌(名詞) の(格助詞) ほど(名詞) は(格助詞) 誰(名詞) も(副助詞) そこ(名詞) に(格助詞) おはします(動詞 おはします 終止形) べき(助動詞 べし 連体形) なり(助動詞 なり 連用形) けり(助動詞 けり 終止形)
文章解説:この文章は、場面転換で、喪中のことです。藤原長家は、法住寺に宿泊します。この文章での「たれもそこにおはしますべき」は、仏教の戒律のことで、法住寺に滞在する規定があります。喪中には、人間がしてよいことと、人間がしてはいけないことが、規定されています。
古文:山の方を、眺めやらせ給ふにつけても、わざとならず、色色にすこし移ろひたり。
かな:やまのかたを、ながめやらせたもふにつけても、わざとならず、いろいろにすこしうつろひたり。
現代語訳:(宿泊している藤原長家が)山の方を、お眺めになられても、自然と、色合いがすこし変化していく。
品詞分解:山 の 方 を 眺め やら せ 給ふ に つけ て も わざとなら ず 色色 に すこし 移ろひ たり
文法解説:山(名詞) の(格助詞) 方(名詞) を(格助詞) 眺め(動詞 眺む 連用形) やら(動詞 やる 連用形) せ(助動詞 す 連用形) 給ふ(動詞 給ふ 連体形) に(格助詞) つけ(動詞 付く 連用形) て(接続助詞) も(副助詞) わざとならず(連語) 色色(名詞) に(格助詞) すこし(副詞) 移ろひ(動詞 移ろふ 連用形) たり(助動詞 たり 終止形)
文章解説:この文章は、自然描写で、季節の変化が描かれます。東洋文学では「自然の変化」=「心情の変化」と連想して、読解します。
古文:鹿の鳴く音に、御目も覚めて、今すこし心細さ、勝り給ふ。
かな:しかのなくねに、おめもさめて、いますこしこころぼそさ、まさりたもふ。
現代語訳:(宿泊している藤原長家が)鹿の鳴く音に、お目覚めになり、今すこし心細さが、お募りになる。
品詞分解:鹿 の 鳴く 音 に 御目 も 覚め て 今 すこし 心細さ 勝り 給ふ
文法解説:鹿(名詞) の(格助詞) 鳴く(動詞 鳴く 連体形) 音(名詞) に(格助詞) 御目(名詞) も(副助詞) 覚め(動詞 覚む 連用形) て(接続助詞) 今(名詞) すこし(副詞) 心細さ(名詞) 勝り(動詞 勝る 連用形) 給ふ(動詞 給ふ 終止形)
文章解説:この文章は、引用描写で、古典作品が引用されます。ここでは、壬生忠岑(みぶのただみね)の和歌「山里は秋こそことにわびしけれ鹿の鳴く音に目をさましつつ」が引用されます。
古文:宮宮よりも、思し慰むべき御消息、たびたびあれど、ただ今は、ただ夢を見たらんやうにのみ、思されて過ぐし給ふ。
かな:みやみやよりも、おぼしなぐさむべきごせうそこ、たびたびあれど、ただいまは、ただゆめをみたらんやうにのみ、おぼされてすぐしたもふ。
現代語訳:(藤原長家を心配する親王たち)からも、心配して慰めようという御手紙が、たびたびあるが、ただ今は、ただ夢を見ているようにのみ、お思いになりお過ごしされている。
品詞分解:宮宮 より も 思し 慰む べき 御消息 たびたび あれ ど ただ 今 は ただ 夢 を 見 たら ん やうに のみ 思さ れ て 過ぐし 給ふ。
文法解説:宮宮(名詞) より(副詞) も(副助詞) 思し(動詞 思す 連用形) 慰む(動詞 慰む 終止形) べき(助動詞 べし 連体形) 御消息(名詞) たびたび(副詞) あれ(動詞 あり 已然形) ど(接続助詞) ただ(副詞) 今(名詞) は(格助詞) ただ(副詞) 夢(名詞) を(格助詞) 見(動詞 見る 連用形) たら(助動詞 たり 未然形) ん(助動詞 む 連体形音便) やうに(連語) のみ(副詞) 思さ(動詞 思す 未然形) れ(助動詞 る 連用形) て(接続助詞) 過ぐし(動詞 過ぐす 連用形) 給ふ(動詞 給ふ 終止形)
文章解説:この文章は、情景描写で、藤原長家が意気消沈し、手紙を返信できないままでいます。
古文:月のいみじう明きにも、思し残させ給ふことなし。
かな:つきのいみじうあきにも、おぼしのこさせたもうふことなし。
現代語訳:月がとても明るい(時)にも、(悲しみに)深入りされないことはない。(過去の思い出に夢中になっている)
品詞分解:月 の いみじう 明き に も 思し残さ せ 給ふ こと なし
文法解説:月(名詞) の(格助詞) いみじう(形容詞 いみじ 連用形音便) 明き(動詞 明く 連体形) に(格助詞) も(副助詞) 思し残さ(動詞 思し残す 未然形) せ(助動詞 す 連用形) 給ふ(動詞 給ふ 連体形) こと(名詞) なし(形容詞 なし 終止形)
文章解説:この文章は、情景描写で、藤原長家が悲しみに溺れています。
古文:内裏わたりの女房も、さまざま御消息、聞こゆれども、良ろしきほどは、「今みづから」とばかり、書かせ給ふ。
かな:うちわたりのにょうぼうも、さまざまごせうそこ、きこゆれども、よろしきほどは、「いまみづから」とばかり、かかせたもふ。
現代語訳:宮廷仕えの女房も、さまざまな御手紙を、差し上げるが、良い状態の時は、(藤原長家が)「今、自分で」とばかり、お書きになる。
品詞分解:内裏 わたり の 女房 も さまざま 御消息 聞こゆれ ども 良ろしき ほど は 今 みづから と ばかり 書か せ 給ふ
文法解説:内裏(名詞) わたり(名詞) の(格助詞) 女房(名詞) も(副助詞) さまざま(副詞) 御消息(名詞) 聞こゆれ(動詞 聞こゆ 已然形) ども(接続助詞) 良ろしき(形容詞 良ろし 連体形) ほど(名詞) は(格助詞) 今(名詞) みづから(副詞) と(格助詞) ばかり(副詞) 書か(動詞 書く 未然形) せ(助動詞 す 連用形) 給ふ(動詞 給ふ 終止形)
文章解説:この文章は、情景描写で、藤原長家が悲しみから転じて、少しづつ手紙の返信をしています。
古文:進内侍と聞こゆる人、聞こえたり。
かな:じんのないしときこゆるひと、きこえたり。
現代語訳:進内侍と呼ばれている人が、(歌を)差しげました。
品詞分解:進内侍 と 聞こゆる 人 聞こえ たり
文法解説:進内侍(名詞) と(格助詞) 聞こゆる(動詞 聞こゆ 連体形) 人(名詞) 聞こえ(動詞 聞こゆ 連用形) たり(助動詞 たり 終止形)
文章解説:この文章は、情景描写で、進内侍が藤原長家へ、和歌の手紙を送っています。
古文:契りけん 千代は涙の 水底に 枕ばかりや 浮きて見ゆらん
かな:ちぎりけん ちよはなみだの みなぞこに まくらばかりや うきてみゆらん
現代語訳:(夫婦になる)約束をした 永遠は涙の 水底に 枕ばかりが 浮いて見えているのですね(永遠の思いは幻想で、目の前の枕だけ現実なのですよ)
品詞分解:契り けん 千代 は 涙 の 水底 に 枕 ばかり や 浮き て 見ゆ らん
文法解説:契り(動詞 契る 連用形) けん(助動詞 けむ 連体形音便) 千代(名詞) は(格助詞) 涙(名詞) の(格助詞) 水底(名詞) に(格助詞) 枕(名詞) ばかり(副詞) や(係助詞) 浮き(動詞 浮く 連用形) て(接続助詞) 見ゆ(動詞 見ゆ 終止形) らん(助動詞 らむ 連体形係結音便)
文章解説:この和歌は、進内侍が藤原長家へ、悲しみにいつまでも耽溺しないで、現実に戻ってきなさいと、慰めています。
古文:中納言殿の御返し
かな:ちゅうなごんどののおかえし
現代語訳:中納言殿(藤原長家)の返歌
品詞分解:中納言殿 の 御返し
文法解説:中納言殿(名詞) の(格助詞) 御返し(名詞)
文章解説:この文章は、情景描写で、藤原長家が進内侍へ、和歌で返事をしています。
古文:起き臥しの 契りはたえて 尽きせねば 枕を浮くる 涙なりけり
かな:おきふしの ちぎりはたえて つきせねば まくらをうくる なみだなりけり
現代語訳:起きても寝ても 約束は終わり 尽きることがないので 枕を浮かせるような 涙なのだ(涙が止まらないのだ)
品詞分解:起き臥し の 契り は たえ て 尽き せ ね ば 枕 を 浮くる 涙 なり けり
文法解説:起き臥し(名詞) の(格助詞) 契り(名詞) は(格助詞) たえ(動詞 絶ゆ 連用形) て(接続助詞) 尽き(動詞 尽く 連用形) せ(助動詞 き 未然形) ね(助動詞 ず 已然形) ば(接続助詞) 枕(名詞) を(格助詞) 浮くる(動詞 浮く 連体形) 涙(名詞) なり(助動詞 なり 連用形) けり(助動詞 けり 終止形)
文章解説:この和歌は、藤原長家が進内侍へ、悲しみに終わりがないと、反論しています。
古文:また、東宮の若宮の御乳母の小弁
かな:また、とうぐうのわかみやのおんめのとのこべん
現代語訳:また、東宮である若宮(藤原長家の親戚の親王)の御乳母の小弁(女性の役職者のこと)
品詞分解:また 東宮 の 若宮 の 御乳母 の 小弁
文法解説:また(副詞) 東宮(名詞) の(格助詞) 若宮(名詞) の(格助詞) 御乳母(名詞) の(格助詞) 小弁(名詞)
文章解説:この文章は、情景描写で、小弁が藤原長家へ、和歌の手紙を送っています。
古文:悲しさを かつは思ひも 慰めよ 誰もつひには とまるべき世か
かな:かなしさを かつはおもひも なぐさめよ だれもつひには とまるべきよか
現代語訳:悲しさを、一方では未練も、(自分で)慰めなさい 誰でも最後は 生きることができる世の中なのだろうか(いや、世の中の運命として、誰でも最後は、死ぬのだ)
品詞分解:悲しさ を かつは 思ひ も 慰め よ 誰 も つひに は とまる べき 世 か
文法解説:悲しさ(名詞) を(格助詞) かつは(副詞) 思ひ(名詞) も(副助詞) 慰めよ(動詞 慰む 命令形) 誰(名詞) も(副助詞) つひに(副詞) は(格助詞) とまる(動詞 止まる 連体形) べき(助動詞 べき 連体形) 世(名詞) か(係助詞)
文章解説:この和歌は、小弁が藤原長家へ、誰でもいずれはなくなるのだから、悲しみに耽溺しないようにと、慰めています。
古文:御返し
かな:おかえし
現代語訳:(藤原長家の)返歌
品詞分解:御返し
文法解説:御返し(名詞)
文章解説:この文章は、情景描写で、藤原長家が小弁へ、和歌で返事をしています。
古文:慰むる 方しなければ 世の中の 常なきことも 知られざりけり
かな:なぐさむる かたしなければ よのなかの つねなきことも しられざりけり
現代語訳:慰める 方法がなかったので 世の中に 永遠がないということも 忘れてしまったよ
品詞分解:慰むる 方 し なけれ ば 世の中 の 常なき こと も 知ら れ ざり けり
文法解説:慰むる(動詞 慰む 連体形) 方(名詞) し(副助詞) なけれ(形容詞 なし 已然形) ば(接続助詞) 世の中(名詞) の(格助詞) 常なき(形容詞 常なし 連体形) こと(名詞) も(副助詞) 知ら(動詞 知る 未然形) れ(助動詞 る 未然形) ざり(助動詞 ず 連用形) けり(助動詞 けり 終止形)
文章解説:この和歌は、藤原長家が小弁へ、悲しみのあまり、誰もが亡くなる運命ですら、忘れてしまっていたと、反論しています。
古文:かやうに思しのたまはせても、いでや、もののおぼゆるにこそあめれ、
かな:かやうにおぼしのたまはせても、いでや、もののおぼゆるにこそあめれ、
現代語訳:このように(藤原長家が)お思いになりお話になられても、いやはや、意識がしっかりとしてきたことは、あるようで、
品詞分解:かやうに 思し のたまはせ て も いでや もの の おぼゆる に こそ あ めれ
文法解説:かやうに(連語) 思し(動詞 思す 連用形) のたまはせ(動詞 宣はす 連用形) て(接続助詞) も(副助詞) いでや(感動詞) もの(名詞) の(格助詞) おぼゆる(動詞 思ゆ 連体形) に(格助詞) こそ(係助詞) あ(動詞 あり 連体形省略) めれ(助動詞 めり 已然形係結)
文章解説:この文章は、心理描写で、藤原長家が悲しみから回復してきています。
古文:まして月ごろ、年ごろにもならば、思ひ忘るるやうもやあらんと、われながら心憂く思さる。
かな:ましてつきごろ、としごろにもならば、おもひわするるやうもやあらんと、われながらこころうくおもいさる。
現代語訳:さらに、月が経ち、年が経てば、(亡き妻への)思ひを忘れることもあるだろうかと、(藤原長家が)われながら、心苦しくお思いになる。
品詞分解:まして 月ごろ 年ごろ に も なら ば 思ひ忘るる やうも や あら ん と われ ながら 心憂く 思さ る
文法解説:まして(副詞) 月ごろ(名詞) 年ごろ(名詞) に(格助詞) も(副助詞) なら(動詞 成り 未然形) ば(接続助詞) 思ひ忘るる(動詞 思ひ忘る 連体形) やうも(連語) や(係助詞) あら(動詞 あり 未然形) ん(助動詞 む 連体形係結音便) と(格助詞) われ(名詞) ながら(副詞) 心憂く(形容詞 心憂し 連用形) 思さ(動詞 思す 未然形) る(助動詞 る 終止形)
文章解説:この文章は、心理描写です。藤原長家が、妻の思い出を忘れていくことを、心苦しく思っています。情・智の相克で、情では「妻の思い出を大事にしたい」と願っているのに、智では「人間の忘れていく性質」を理解しています。
古文:何ごとにもいかでかくとめやすくおはせしものを、
かな:なにごとにもいかでかくとめやすくおはせしものを、
現代語訳:(藤原長家が、妻を思い出して)どんなことにもどうしてあんなに素晴らしくいらっしゃったものを
品詞分解:何ごと に も いかで かく と めやすく おはせ し もの を
文法解説:何ごと(名詞) に(格助詞) も(副助詞) いかで(副詞) かく(名詞) と(格助詞) めやすく(形容詞 目安し 連用形) おはせ(動詞 おはす 連用形) し(助動詞 き 連体形) もの(名詞) を(格助詞)
文章解説:この文章は、心理描写です。藤原長家が、記憶の中の妻を、美化してします。
古文:顔かたちよりはじめ、心ざま、手うち書き、
かな:かおかたちよりはじめ、こころざま、てうちかき、
現代語訳:顔や姿をはじめとして、心の様子、文字の書き方、
品詞分解:顔 かたち より はじめ 心ざま 手うち書き
文法解説:顔(名詞) かたち(名詞) より(副詞) はじめ(名詞) 心ざま(名詞) 手うち書き(名詞)
文章解説:この文章は、情景描写です。藤原長家が、記憶の中の妻を、1つ1つ思い出しています。
古文:絵などの心に入り、さいつころまで御心に入りて、うつ伏しうつ伏して描きたまひしものを、
かな:えなどのこころにはいり、さいつころまでみこころにはいりて、うつぶしうつぶしてえがきたまひしものを、
現代語訳:(藤原長家の妻は)絵などがお気に入りで、先頃まで熱心に、床に伏せてお描きになったものを、
品詞分解:絵 など の 心 に 入り さいつころ まで 御心 に 入り て うつ伏し うつ伏し て 描き たまひ し もの を
文法解説:絵(名詞) など(副詞) の(格助詞) 心(名詞) に(格助詞) 入り(動詞 入る 連用形) さいつころ(名詞) まで(副詞) 御心(名詞) に(格助詞) 入り(動詞 入る 連用形) て(接続助詞) うつ伏し(動詞 うつ伏す 連用形) うつ伏し(動詞 うつ伏す 連用形) て(接続助詞) 描き(動詞 描く 連用形) たまひ(動詞 給ふ 連用形) し(助動詞 き 連体形) もの(名詞) を(格助詞)
文章解説:この文章は、情景描写です。藤原長家が、記憶の中の妻が、絵を描いていたことを思い出しています。
古文:この夏の絵を、枇杷殿に持て参りたりしかば、
かな:このなつのえを、びわどのにもてまいりたりしかば、
現代語訳:(藤原長家の妻が)この夏の絵を、枇杷殿(藤原一族の娘で、天皇の妃)にお持ちになられたので、
品詞分解:この 夏 の 絵 を 枇杷殿 に 持て 参り たり しか ば
文法解説:この(連語) 夏(名詞) の(格助詞) 絵(名詞) を(格助詞) 枇杷殿(名詞) に(格助詞) 持て(動詞 持つ 連用形) 参り(動詞 参る 連用形) たり(助動詞 たり 連用形) しか(助動詞 き 已然形) ば(接続助詞)
文章解説:この文章は、情景描写です。藤原長家の妻が、絵を贈っています。
古文:いみじう興じ愛でさせ給ひて、納め給ひし、よくぞ持て参りにけるなど、
かな:いみじうきょうじめでさせたまひて、おさめたまひし、よくぞもてまいりにけるなど、
現代語訳:(枇杷殿が)とても面白くお気に入りになり、保存なされた(こと)、よくぞ持参してくれた(と枇杷殿が褒めたこと)など
品詞分解:いみじう 興じ 愛で させ 給ひ て 納め 給ひ し よくぞ 持て 参り に ける など
文法解説:いみじう(形容詞 いみじく 連用形) 興じ(動詞 興ず 連用形) 愛で(動詞 愛ず 連用形) させ(助動詞 さす 連用形) 給ひ(動詞 給ふ 連用形) て(接続助詞) 納め(動詞 納む 連用形) 給ひ(動詞 給ふ 連用形) し(助動詞 き 連体形) よくぞ(感動詞) 持て(動詞 持つ 連用形) 参り(動詞 参る 連用形) に(助動詞 ぬ 連用形) ける(助動詞 けり 連体形) など(副詞)
文章解説:この文章は、情景描写です。藤原長家の妻が、絵を贈り、褒められたという出来事です。
古文:思し残すことなきままに、よろづにつけて、恋しくのみ思ひ出で聞こえさせ給ふ。
かな:おもしのこすことなきままに、よろづにつけて、こいしくのみおもひいできこえさせたもうふ。
現代語訳:(藤原長家は)深入りしないことがないままに(つまり、思い出せることのすべてを)、色々な物事に触れて、ただ恋しく思い出しては(周りの人間へ)申し上げなさるのだ。
品詞分解:思し残す こと なき まま に よろづに つけ て 恋しく のみ 思ひ出で 聞こえさせ 給ふ
文法解説:思し残す(動詞 思し残す 連体形) こと(名詞) なき(形容詞 なし 連体形) まま(副詞) に(格助詞) よろづに(副詞) つけ(動詞 付く 連用形) て(接続助詞) 恋しく(形容詞 恋し 連用形) のみ(副詞) 思ひ出で(動詞 思ひ出づ 連用形) 聞こえさせ(動詞 聞こえさす 連用形) 給ふ(動詞 給ふ 終止形)
文章解説:この文章は、情景描写です。藤原長家が、亡き妻の思い出に、浸りきっています。
古文:年ごろ書き集めさせ給ひける絵物語など、みな焼けにし後、
かな:としごろかきつめさせたまひけるえものがたりなど、みなやけにしあと、
現代語訳:(藤原長家の妻が)いつもお書き集めになった絵物語などを、(火事で貴族の邸宅が)すべて焼失した後、
品詞分解:年ごろ 書き集め させ 給ひ ける 絵物語 など みな 焼け に し 後
文法解説:年ごろ(副詞) 書き集め(動詞 書き集む 連用形) させ(助動詞 さす 連用形) 給ひ(動詞 給ふ 連用形) ける(助動詞 けり 連体形) 絵物語(名詞) など(副詞) みな(副詞) 焼け(動詞 焼く 連用形) に(助動詞 ぬ 連用形) し(助動詞 き 連体形) 後(名詞)
文章解説:この文章は、情景描写です。藤原長家が、妻の描いた絵を、思い出しています。
古文:去年、今年のほどにし、集めさせたまへるもいみじう多かりし、
かな:こぞ、ことしのほどにし、つめさせたまへるもいみじうおおかりし、
現代語訳:(藤原長家が)去年、今年の間に、お集めさせたものも、とても多く(の絵があり)、
品詞分解:去年 今年 の ほど に し 集め させ たまへ る も いみじう 多かり し
文法解説:去年(名詞) 今年(名詞) の(格助詞) ほど(副詞) に(格助詞) し(副詞) 集め(動詞 集む 連用形) させ(助動詞 さす 連用形) たまへ(動詞 給ふ 已然形) る(助動詞 り 連体形) も(副助詞) いみじう(形容詞 いみじ 連用形) 多かり(形容詞 多し 連用形) し(助動詞 き 連体形)
文章解説:この文章は、情景描写です。藤原長家が、妻の描いた絵を、集めています。
古文:里に出でなば、とり出でつつ、見て慰めむと思されけり。
かな:さとにいでなば、とりいでつつ、みてなぐさめむとおぼされけり。
現代語訳:(藤原長家が)自分の邸宅に帰ったら、(集めた妻の絵を)取り出してながら、見て慰めようと思われたそうだ。
品詞分解:里 に 出で な ば とり出で つつ 見 て 慰め む と 思さ れ けり
文法解説:里(名詞) に(格助詞) 出で(動詞 出づ 連用形) な(助動詞 ぬ 未然形) ば(接続助詞) とり出で(動詞 取り出ず 連用形) つつ(接続助詞) 見(動詞 見る 連用形) て(接続助詞) 慰め(動詞 慰む 未然形) む(助動詞 む 連体形) と(格助詞) 思さ(動詞 思す 連用形) れ(助動詞 る 連用形) けり(助動詞 けり 終止形)
文章解説:この文章は、情景描写です。藤原長家が、妻の描いた絵で、思い出に浸ろうと、計画しています。
質問と回答