徒然草 137段 花は盛りに月は隈なきを

徒然草 137段 花は盛りに月は隈なきを

徒然草 137段 花は盛りに月は隈なきを

徒然草 137段 花は盛りに月は隈なきを



徒然草 古典作品解説】



百三十七段 花は盛りに月は隈なきをのみ見るものかは】




古文:花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは。

全訳:花は満開だけを、月は満月だけを見るものだろうか。いや、そうではない。

文法:花(名詞)+は(助詞)+盛り(名詞)+に(助詞)+月(名詞)+の(助詞)+隈なき(形容詞連体形)+を(助詞)+のみ(副詞)+見る(動詞上一段連体形)+もの(名詞)+かは(助詞)。

解説 花の盛り:花の満開の状態です。盛り(さかり)は勢力がある状態で、花が全力で咲いている様子を表現しています。

解説 月の隈なき:満月のことです。隈(くま)とは光の当たらない影の部分で、寝不足の時にできる目の隈という言葉が、現代日本語に継承されています。隈なしで、影になる部分がないという意味で、転じて、完全に明るいという意味になります。

修辞 月の隈なき:完全性を表現する場合には、このような二重否定表現がしばしば用いられます。例えば「止まない雨」「汚れない白さ」「雲一つない青空」「終わらない夢」「尽きない欲望」などと用います。



古文:雨にむかひて月を戀ひ、たれこめて春のゆくへ知らぬも、なほあはれに情ふかし。

全訳:雨の向こうに見えなくなった月に恋して、雲が垂れこめて春がどこかへ消えてしまうような気持ちでも、それでも心がしみじみと感動してしまう。

文法:雨(名詞)+に(助詞)+むかひ(動詞四段連用形)+て(助詞)+月(名詞)+を(助詞)+戀ひ(動詞四段連用形)+たれこめ(動詞下二段連用形)+て(助詞)+春(名詞)+の(助詞)+ゆくへ(名詞)+知ら(動詞四段未然形)+ぬ(助動詞ず連体形)+も(助詞)+なほ(副詞)+あはれ(形容動詞連用形)+情け(名詞)+ふかし(形容詞)。

解説 月を戀ひ:「戀ひ」は「恋い」の旧字体です。恋は物事を求める気持ちです。月が雲に隠れて見えなくなると、かえって心は月を求める性質があると指摘しています。

解説 たれこめて:たれこめての主語は「雲・御簾」ですが、省略されています。古文では主語がしばしば省略され、動作だけを描くことで、物事を仄めかし(ほのめかし)ます。仄めかしは、想像力に訴える修辞技法です。日本文学の特徴として、大事なことはあえて隠して、そのまわりの出来事をなぞるように描写します。

解説 春のゆくへ知らぬは:春がどこにいったのかわからないという意味です。それまでの春の心地から、いきなり春が消えてしまった心地へと、気持ちが動揺しています。

解説 なほあはれに情ふかし:春の心地を楽しむべきところに、春の心地を消されてしまったので、本来であれば、不愉快になるべきでしょう。ところが、人間の感情は、そのような単純な法則では動いていないようです。人間の感情は、目の前からいなくなること(不在)によって、かえって月や春を求める法則があります。このような法則を、感情の逆説(ぎゃくせつ)と呼んでいます。逆説は、人間の理性判断と感覚感情が、ときに矛盾することを示しています。



古文:咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ見どころおほけれ。

全訳:今にも咲きそうな梢や、花が散ってしおれている庭などにこそ、見所がたくさんある。

文法:咲き(動詞四段連用形)+ぬ(助動詞ぬ終止形)+べき(助動詞べし連体形)+ほど(副詞)+の(助詞)+梢(名詞)+散り(動詞四段連用形)+しをれ(動詞下二段連用形)+たる(助動詞たり連体形)+庭(名詞)+など(副詞)+こそ(助詞)+見どころ(名詞)+おほけれ(形容詞已然形)

解説 咲きぬべきほどの梢:今にも咲く直前の桜の枝を表現しています。目の前で実際に咲いていることよりも、これから咲くであろう予感を大切にする思想が読解できます。



古文:歌の詞書にも「花見に罷りけるにはやく散り過ぎにければ」とも「さはることありて罷らで」なども書けるは「花を見て」といへるに劣れる事かは。

全訳:和歌の詞書ことばがきにも「花見に出かけてみると花が早くも散って」や「都合が悪いことがあり出かけないで」と書いていあるのは「花を見て」と和歌に述べることに劣っているのだろうか。いや、劣っていない。

文法:歌(名詞)+の(助詞)+詞書(名詞)+にも(助詞)+花見(名詞)+に(助詞)+罷り(動詞四段連用形)+ける(助動詞けり連体形)+に(助詞)+はやく(形容詞連体形)+散り過ぎ(上二段動詞連用形)+に(助動詞ぬ連用形)+けれ(助動詞けり已然形)+ば(助詞)+とも(助詞)+さはる(動詞四段連体形)+こと(名詞)+あり(動詞ラ変連用形)+て(助詞)+罷ら(動詞四段未然形)+で(助詞)+など(副詞)+も(助詞)+書け(動詞四段已然形)+る(助動詞り連体形)+は(助詞)+花(名詞)+を(助詞)+見(動詞上一段連用形)+て(助詞)+と(助詞)+いへ(動詞四段已然形)+る(助動詞り連体形)+に(助詞)+劣れ(動詞四段已然形)+る(助動詞り連体形)+事(名詞)+かは(助詞)。



古文:花の散り、月のかたぶくを慕ふ習ひはさる事なれど、殊に頑なる人ぞ「この枝かの枝散りにけり。今は見所なし。」などはいふめる。

全訳:花が散り、月が傾いていくことを心を寄せていく習慣は、素晴らしいことだが、特に頭が固い人は「この枝もあの枝も散ってしまった。今はもう見所がない」などと言うようだ。

文法:花(名詞)+の(助詞)+散り(動詞四段連用形)+月(名詞)+の(助詞)+傾く(動詞四段連体形)+を(助詞)+慕ふ(動詞四段連体形)+習ひ(名詞)+は(助詞)+さる(連体詞)+事(名詞)+なれ(助動詞なり已然形)+ど(助詞)+殊に(副詞)+頑なる(形容動詞連体形)+人(名詞)+ぞ(助詞)+この(連体詞)+枝(名詞)+かの(連体詞)+枝(名詞)+散り(動詞四段連用形)+に(助動詞ぬ連用形)+けり(助動詞けり終止形)。今(名詞)+は(助詞)+見所(名詞)+なし(形容詞終止形)+など(副詞)+は(助詞)+いふ(動詞四段終止形)+める(助動詞めり終止形)。



古文:萬の事も始め終りこそをかしけれ。

全訳:どのようなことも初めと終わりこそが素晴らしいものだ。

文法:萬(名詞)+の(助詞)+事(名詞)+も(助詞)+始め(名詞)+終り(名詞)+こそ(助詞)+をかしけれ(形容動詞已然形)。




古文:男女をとこをみななさけも、偏に逢ひ見るをばいふものかは。

全訳:男女の恋愛も、ただ逢って契りを結ぶだけを恋愛と言うのだろうか。いや、そうではない。

文法:男女(名詞)+の(助詞)+情(名詞)+も(助詞)+偏に(副詞)+逢ひ見る(動詞上一段連体形)+をば(助詞)+いふ(動詞四段連体形)+もの(名詞)+かは(助詞)。




古文:逢はでやみにし憂さをおもひ、あだなる契りをかこち

全訳:逢わないで終わってしまうつらさを感じ、はかない約束を嘆き

文法:逢は(動詞四段未然形)+で(助詞)+やみ(動詞四段連用形)+に(助動詞ぬ連用形)+し(助動詞き連体形)+憂さ(名詞)+を(助詞)+おもひ(動詞四段連用形)+あだなる(形容動詞連体形)+契り(名詞)+を(助詞)+かこち(動詞四段連用形)



古文:長き夜をひとり明し、遠き雲居を思ひやり

全訳:長い夜を独りで過ごし、遠い空の下にいる恋人を思いやり

文法:長き(形容詞連体形)+夜(名詞)+を(助詞)+ひとり(副詞)+明し(動詞四段連用形)+遠き(形容詞連体形)+雲居(名詞)+を(助詞)+思ひやり(動詞四段連用形)



古文:淺茅が宿に昔を忍ぶこそ、色好むとはいはめ。

全訳:荒れ果てた住まいで昔の恋人を思い出すことこそ、色好みと言える。

文法:淺茅が宿(名詞)+に(助詞)+昔(名詞)+を(助詞)+忍ぶ(動詞四段連体形)+こそ(助詞)+色好む(動詞四段連体形)+とは(助詞)+いは(動詞四段未然形)+め(助動詞む已然形)。



古文:望月の隈なきを、千里ちさとの外まで眺めたるよりも

全訳:満月を千里の遠くまで眺めているよりも

文法:望月(名詞)+の(助詞)+隈なき(形容詞連体形)+を(助詞)+千里(名詞)+の(助詞)+外(名詞)+まで(助詞)+眺め(動詞下一段連用形)+たる(助動詞たり連体形)+より(助詞)+も(助詞)



古文:曉近くなりて待ちいでたるが、いと心ふかう、青みたる樣にて

全訳:朝方近くになり待ちこがれた月が、とても感動的に、青みを帯びているようで

文法:曉(名詞)+近く(形容詞連体形)+なり(助動詞なり連用形)+て(助詞)+待ちいで(動詞下二段連用形)+たる(助動詞たり連体形)+が(助詞)+いと(副詞)+心(名詞)+ふかう(形容詞連用形音便)+青みたる(形容動詞連体形)+樣(名詞)+にて(助詞)



古文:深き山の杉の梢に見えたる木の間の影、うちしぐれたるむら雲がくれのほど、またなくあはれなり。

全訳:深山の杉梢に見えている木々の間からもれる光や、雨を降らしているむら雲に隠れている様子も、またとなく感動的だ。

文法:深き(形容詞連体形)+山(名詞)+の(助詞)+杉(名詞)+の(助詞)+梢(名詞)+に(助詞)+見え(動詞上一段連用形)+たる(助動詞たり連体形)+木(名詞)+の(助詞)+間(名詞)+の(助詞)+影(名詞)+うちしぐれ(動詞下二段連用形)+たる(助動詞たり連体形)+むら雲(名詞)+がくれ(名詞)+の(助詞)+ほど(名詞)+またなく(副詞)+あはれなり(形容動詞終止形)。



古文:椎柴白樫などの濡れたるやうなる葉の上にきらめきたるこそ

全訳:椎柴・白樫などの、濡れているような葉に光がきらめいているのは

文法:椎柴(名詞)+白樫(名詞)+など(副詞)+の(助詞)+濡れ(動詞下二段連用形)+たる(助動詞たり連体形)+やう(名詞)+なる(助動詞なり連体形)+葉(名詞)+の(助詞)+上(名詞)+に(助詞)+きらめきたる(形容動詞連体形)+こそ(助詞)



古文:身にしみて、心あらむ友もがなと、都こひしう覺ゆれ。

全訳:身にしみて、感動を共有する友がいたらいいのにと、都が恋しく思われる

文法:身(名詞)+に(助詞)+しみ(動詞下二段連用形)+て(助詞)+心あら(動詞ラ変未然形)+む(助動詞む連体形)+友(名詞)+もがな(助詞)+と(助詞)+都(名詞)+こひしう(形容詞連用形音便)+覺ゆれ(動詞下二段已然形)。



古文:すべて月花をばさのみ目にて見るものかは。

全訳:すべての月や花をそのように目ばかりで見るものだろうか。いや、そうではない。

文法:すべて(副詞)+月花(名詞)+をば(助詞)+さのみ(連体詞)+目(名詞)+にて(助詞)+見る(動詞上一段連体形)+もの(名詞)+かは(助詞)。



古文:春は家を立ち去らでも、月の夜は閨のうちながらも思へるこそ、いと頼もしうをかしけれ。

全訳:春は家から出て行かなくても、月の夜は寝室にいながらも花や月を思えることこそ、とても信頼ができて、感動的なのだ。

文法:春(名詞)+は(助詞)+家(名詞)+を(助詞)+立ち去ら(動詞四段未然形)+で(助詞)+も(助詞)+月(名詞)+の(助詞)+夜(名詞)+は(助詞)+閨(名詞)+の(助詞)+うち(名詞)+ながら(助詞)+も(助詞)+思へ(動詞四段已然形)+る(助動詞り連体形)+こそ(助詞)+いと(副詞)+頼もしう(形容詞連用形音便)+をかしけれ(形容詞已然形)。



古文:よき人は、偏にすける樣にも見えず、興ずる樣もなほざりなり。

全訳:風流のある人は、ただ感覚に溺れる様子にも見えないで、楽しむ様子もあっさりしている。

文法:よき(形容詞連体形)+人(名詞)+は(助詞)+偏に(副詞)+すけ(動詞四段已然形)+る(助動詞り連体形)+樣(名詞)+にも(助詞)+見え(動詞上一段未然形)+ず(助動詞ず連用形)+興ずる(動詞サ変連体形)+樣(名詞)+も(助詞)+なほざりなり(形容動詞連体形)。



古文:片田舎の人こそ、色濃くよろづはもて興ずれ。

全訳:片田舎の人に限って、しつこくどのようなこともおもしろがるものだ。

文法:片田舎(名詞)+の人(名詞)+こそ(助詞)+色濃く(形容詞連用形)+よろづ(名詞)+は(助詞)+もて興ずれ(動詞サ変已然形)。



古文:花のもとには、ねぢより立ちより、あからめもせずまもりて、酒飮み、連歌して、はては大きなる枝心なく折り取りぬ。

全訳:花の下には、にじり寄り、よそ見もせずにじっと見つめて、酒を飲み、連歌をして、ついには大きな枝を思慮分別なく折り取ってしまう。

文法:花(名詞)+の(助詞)+もと(名詞)+には(助詞)+ねぢより(動詞四段連用形)+立ちより(動詞四段連用形)+あからめ(名詞)+も(助詞)+せ(動詞サ変未然形)+ず(助動詞ず連用形)+まもり(動詞四段連用形)+て(助詞)+酒飮み(動詞四段連用形)+連歌し(動詞サ変連用形)+て(助詞)+はては(副詞)+大きなる(形容詞連体形)+枝(名詞)+心なく(副詞)+折り取り(動詞四段連用形)+ぬ(助動詞ぬ終止形)。



古文:泉には手足さしひたして、雪にはおりたちて跡つけなど、萬の物、よそながら見る事なし。

全訳:夏の泉の中には手足をさしひたして、冬の雪にはおり立ち足跡をつけて、どのようなものも、距離を持って見ることがない。

文法:泉(名詞)+には(助詞)+手足(名詞)+さしひたし(動詞四段連用形)+て(助詞)+雪(名詞)+には(助詞)+おりたち(動詞四段連用形)+て(助詞)+跡つけ(名詞)+など(助詞)+萬(名詞)+の(助詞)+物(名詞)+よそ(名詞)+ながら(助詞)+見る(動詞上一段連体形)+事(名詞)+なし(形容詞終止形)。


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