山家集

山家集

山家集

山家集

【出典作品】:山家集
【さくひん】:さんけしゅう
【作者編者】:西行
【さくしゃ】:さいぎょう
【成立時代】:平安
【出典紹介】:自然と人生を歌った平明、清新な歌が多い。
【出題頻度】:B

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山家心中集

なにとなく春になりぬと聞く日より心にかかるみ吉野の山

山さむみ花咲くべくもなかりけりあまり兼ねても訪ね来にける

吉野山人に心をつけがほに花よりさきにかかる白雲

咲かぬまの花には雲のまがふとも雲とは花の見えずもあらなん

いまさらに春をわするる花もあらじ思ひのどめて今日も暮らさん

白河の梢を見てぞなぐさむる吉野の山にかよふ心を

おしなべて花のさかりになりにけり山の端ごとにかかる白雲

吉野山梢の花をみし日より心は身にもそはずなりにき

あくがるる心はさても山ざくら散りなんのちや身にかへるべき

花に染そむ心のいかで残りけむ捨てはててきと思ふわが身に

ねがはくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ

仏にはさくらの花をたてまつれ我が後の世を人とぶらはば

勅とかやくだす帝のおはせかしさらばおそれて花やちらぬと

浪もなく風ををさめし白河の君の折もや花はちりけん

風越かざごしの峰のつづきに咲く花はいつさかりともなくや散るらん

吉野山風こす岫くきにちる花は人の折るさへ惜しまれぬかな

散りそむる花のはつ雪ふりぬれば踏みわけ参来まうき志賀の山道

春風の花のふぶきにうづもれて行きもやられぬ志賀の山越え

吉野山谷へたなびく白雲は峰のさくらの散るにやあるらん

たちまがふ峰の雲をばはらふとも花を散らさぬ嵐なりせば

木このもとに旅寝をすれば吉野山花のふすまを着する春風

峰にちる花は谷なる木にぞ咲くいたくいとはじ春のやまかぜ

あだに散る梢の花をながむれば庭には消えぬ雪ぞつもれる

風あらみ梢の花のながれきて庭に波たつ白河の里

春ふかみ枝も揺るがで散る花は風のとがにはあらぬなるべし

風にちる花のゆくへは知らねども惜しむ心は身にとまりけり

ちる花を惜しむ心やとどまりてまた来ん春のたねになるべき

惜しまれぬ身だにも世にはあるものをあなあやにくの花の心や

うき世にはとどめおかじと春風のちらすは花を惜しむなりけり

もろともに我をも具して散りね花うき世をいとふ心ある身ぞ

思へただ花のちりなん木このもとをなにを蔭にて我が身すぐさん

ながむとて花にもいたく馴れぬれば散る別れこそかなしかりけれ

なにとかくあだなる花の色をしも心にふかく思ひそめけん

花もちり人も都へかへりなば山さびしくやならむとすらん

吉野山ひとむら見ゆる白雲は咲きおくれたる桜なるべし

ひきかへて花みる春は夜はなく月見る秋は昼なからなん

かぞへねどこよひの月のけしきにて秋の半ばを空に知るかな

秋はただこよひ一夜の名なりけりおなじ雲井に月は澄めども

さやかなる影にてしるし秋の月十夜とよにあまれる五日なりけり

うちつけにまた来む秋のこよひまで月ゆゑ惜しくなる命かな

月まてば影なく雲につつまれてこよひならずは闇に見えまし

雲きえし秋のなかばの空よりも月はこよひぞ名に負へりける

こよひとは所得がほに澄む月の光もてなす菊の白露

月見れば秋くははれる年はまた飽かぬ心もそふにぞありける

秋の夜の空にいづてふ名のみして影ほのかなる夕月夜かな

うれしとや待つ人ごとに思ふらん山の端いづる秋の夜の月

あづまには入りぬと人や惜しむらん都にいづる山の端の月

待ちいでて隈なきよひの月見れば雲ぞ心にまづかかりぬる

播磨潟灘のみ沖にこぎいでてあたり思はぬ月をながめん

わたのはら波にも月はかくれけり都の山をなにいとひけん

天の原おなじ岩戸をいづれども光ことなる秋の夜の月

行く末の月をば知らず過ぎ来ぬる秋またかかる影はなかりき

ながむるも実まことしからぬ心地して世にあまりたる月のかげかな

月のため昼と思ふがかひなきにしばし曇りて夜をしらせよ

さだめなく鳥やなくらん秋の夜は月のひかりを思ひたがへて

月さゆる明石の瀬戸に風ふけばこほりのうへにたたむ白波

清見潟沖のいはこす白波に光をかはす秋の夜の月

ながむればほかの影こそゆかしけれ変はらじものを秋の夜の月

人も見ぬよしなき山のすゑまでも澄むらん月のかげをこそ思へ

身にしみてあはれ知らする風よりも月にぞ秋の色はありける

秋風や天つ雲井をはらふらん更けゆくままに月のさやけき

なかなかに曇ると見えて晴るる夜は月のひかりのそふ心地する

夜もすがら月こそ袖にやどりけれ昔の秋を思ひいづれば

月を見て心うかれしいにしへの秋にもさらにめぐりあひぬる

いづくとてあはれならずはなけれども荒れたる宿ぞ月はさびしき

行方なく月に心のすみすみて果てはいかにかならんとすらん

なかなかに心つくすも苦しきにくもらば入りね秋の夜の月

水のおもにやどる月さへ入りぬるは浪のそこにも山やありける

有明の月のころにしなりぬれば秋は夜なき心地こそすれ

いとふ世も月すむ秋になりぬれば永らへずはと思ひなるかな

何事もかはりのみゆく世の中に同じかげにてすめる月かな

世の中のうきをも知らで澄む月のかげは我が身の心地こそすれ

弓張の月にはづれて見しかげのやさしかりしはいつか忘れん

知らざりき雲井のよそに見し月のかげを袂に宿すべしとは

月まつと言ひなされつる宵のまの心の色を袖にみえぬる

あはれとも見る人あらば思はなん月のおもてに宿す心を

嘆けとて月やはものを思はするかこちがほなる我が涙かな

思ひ知る人有明の夜なりせばつきせず身をばうらみざらまし

数ならぬ心のとがになし果てじ知らせてこそは身をもうらみめ

怪あやめつつ人知るとてもいかがせむ忍びはつべき袂ならねば

今日こそは気色を人に知られぬれさてのみやはと思ふあまりに

身の憂さの思ひ知らるることわりに抑へられぬは涙なりけり

もの思へば袖に流るる涙川いかなるみをに逢ふ瀬ありなん

けさよりぞ人の心はつらからで明けはなれぬる空をうらむる

消えかへり暮待つ袖ぞしほれぬる置きつる人は露ならねども

ことづけて今朝の別れはやすらはん時雨をさへや袖にかくべき

逢ふまでの命もがなと思ひしはくやしかりける我が心かな

なかなかに逢はぬ思ひのままならばうらみばかりや身につもらまし

さらにまた結ぼほれゆく心かな解けなばとこそ思ひしかども

昔よりもの思ふ人やなからまし心にかなふ嘆きなりせば

夏草のしげりのみゆく思ひかな待たるる秋のあはれ知られて

あはれとて問ふ人のなどなかるらんもの思ふ宿の荻の上風

くれなゐの色にたもとの時雨れつつ袖に秋ある心地こそすれ

けふぞ知る思ひいでよと契りしは忘れんとての情けなりけり

日にそへてうらみはいとど大海のゆたかなりける我が涙かな

難波潟波のみいとど数そひてうらみの干ばや袖のかはかん

日をふればたもとの雨の脚そひて晴るべくもなき我が心かな

かきくらす涙の雨の脚しげく盛りにものの嘆かしきかな

いかにせんその五月雨のなごりよりやがて小止まぬ袖のしづくを

さまざまに思ひみだるる心をば君がもとにぞ束つかねあつむる

身を知れば人のとがとも思はぬにうらみがほにも濡るる袖かな

人はうし嘆きはつゆも慰まずさはこはいかにすべき心ぞ

かかる身をおほしたてけんたらちねの親さへつらき恋もするかな

とにかくに厭はまほしき世なれども君が住むにもひかれぬるかな

もの思へどもかからぬ人もあるものをあはれなりける身の契りかな

迎はらばわれが嘆きの報ひにて誰ゆゑ君がものを思はん

あふと見しその夜の夢のさめであれな長きねぶりは憂かるべけれど

あはれあはれこの世はよしやさもあらばあれ来む世もかくや苦しかるべき

なにとなく芹と聞くこそあはれなれ摘みけん人の心知られて

はらはらと落つる涙ぞあはれなるたまらずものの悲しかるべし

わび人のなみだに似たる桜かな風身にしめばまづこぼれつつ

吉野山やがて出でじと思ふ身を花ちりなばと人やまつらん

こがらしに木の葉の落つる山里は涙さへこそもろくなりけれ

つくづくとものを思ふにうちそへて折あはれなる鐘の音かな

暁のあらしにたぐふ鐘の音を心のそこにこたへてぞ聞く

訪とふ人も思ひ絶えたる山ざとのさびしさなくは住みうからまし

谷の底にひとりぞ松も立てりける我のみ友はなきかと思へば

松風の音あはれなる山里にさびしさ添ふる日ぐらしのこゑ

山ざとは谷の筧かけひのたえだえに水恋鳥のこゑ聞こゆなり

古畑のそはの立つ木にゐる鳩の友よぶ声のすごき夕暮

み熊野の浜木綿おふるうらさびてひとなみなみに年ぞ重なる

いそのかみ古きを慕ふ世なりせば荒れたる宿に人すみなまし

ふるさとは見し世にも似ずあせにけりいづち昔の人ゆきにけん

風吹けばあだに破やれゆく芭蕉葉のあればと身をもたのむべき世か

待たれつる入相の鐘の音すなり明日もやあらば聞かんとすらん

入日さす山のあなたは知らねども心をかねて送りおきつる

柴の庵は住みうきこともあらましを伴ふ月のかげなかりせば

わづらはで月には夜もかよひけり隣へつたふ畔の細道

光をば曇らぬ月ぞみがきける稲葉にかかる朝日子のたま

影きえて端山の月は漏りもこず谷は梢の雪と見えつつ

あらし越す峰の木の間を分け来つつ谷の清水にやどる月影

月をみるほかもさこそは厭ふらめ雲ただここの空にただよへ

雲にただ今宵は月をまかせてん厭ふとてしも晴れぬものゆゑ

来る春は峰にかすみを先立てて谷の筧をつたふなりけり

小芹つむ沢のこほりのひま絶えて春めきそむる桜井の里

春浅みすずの籬に風さえてまだ雪消えぬ信楽しがらきの里

春になる桜の枝はなにとなく花なけれどもむつましきかな

すぎてゆく羽風なつかし鶯よなづさひけりな梅の立枝に

うぐひすは田舎の谷の巣なれども訛だびたる音をば鳴かぬなりけり

はつ花のひらけはじむる梢より戯そばへて風のわたるなるかな

おなじくは月のをり咲け山ざくら花見る夜のたえまあらせじ

空はれて雲なりけりな吉野山花もてわたる風と見たれば

花ちらで月はくもらぬ世なりせばものを思はぬ我が身ならまし

なにとなく汲むたびに澄む心かな岩井の水にかげうつしつつ

谷風は戸をふきあけて入るものをなにとあらしの窓たたくらん

番つがはねどうつれる影を友にして鴛鴦をしすみけりな山がはの水

音はせで岩にたばしる霰こそ蓬の窓の友になりけれ

熊のすむ苔の岩山おそろしみむべなりけりな人もかよはぬ

里人の大幣おほぬさ小幣こぬさ立て並なめて馬形うまがたむすぶ野つ子なりけり

くれなゐの色なりながら蓼の穂のからしや人の目にも立てぬは

楸おひて涼めとなれる蔭なれや波うつ岸に風わたりつつ

折りかくる波の立つかと見ゆるかな洲崎にきゐる鷺の群鳥むらどり

浦ちかみ枯れたる松の梢には波の音をや風は懸くらん

潮風に伊勢の浜荻ふせばまづ穂ずゑを浪のあらたむるかな

さもとゆく舟人いかに寒からん熊山岳をおろす嵐に

おぼつかな伊吹おろしの風先かざさきに朝妻船は逢ひやしぬらん

いたけもるあまみが時になりにけり蝦夷が千島をけぶりこめたり

もののふの馴らすすさみは面立たしあけその退しぎり鴨の入れ首

たちかはる春を知れども見せがほに年をへだつる霞なりけり

春知れと谷の細水もりぞくる岩間の氷隙ひまたえにけり

浪越すと二見の松のみえつるは梢にかかる霞なりけり

春ごとに野辺の小松をひく人はいくらの千代を経べきなるらん

けふはただ思ひも寄らでかへりなん雪つむ野辺の若菜なりけり

春雨の布留野の若菜生ひぬらしぬれぬれ摘まん筐かたみ手貫入たぬきれ

若菜つむけふに初子はつねの合ひぬればまつにや人の心ひくらん

若菜おふる春の野守にわれなりて憂き世を人につみ知らせばや

古巣うとく谷のうぐひすなり果てば我や代はりてなかむとすらん

梅が香にたぐへて聞けばうぐひすの声なつかしき春のあけぼの

ひとり寝ぬる草の枕のうつり香は垣根の梅のにほひなりけり

ぬしいかに風わたるとて厭ふらんよそにうれしき梅のにほひを

生ひかはる春の若草まちわびて原の枯野にきぎす鳴くなり

萌えいづる若菜あさると聞こゆなりきぎす鳴くなる春のあけぼの

なにとなくおぼつかなきは天の原霞にきえて帰る雁がね

たまづさの端書かとも見ゆるかな飛びおくれつつ帰る雁がね

みわたせば佐保の河原に繰りかけて風に縒らるる青柳の糸

山賤やまがつの片岡かけて占むる野のさかひに見ゆる玉の小柳をやなぎ

さらにまた霞に暮るる山路かな花をたづぬる花のあけぼの

たれかまた花をたづねて吉野山苔ふみわくる岩つたふらん

吉野山雲をはかりに尋ね入りて心にかけし花をみるかな

待ちきつる八上やがみの桜さきにけり荒く下ろすな三栖みすの山風

見る人に花も昔を思ひいでて恋しかるべし雨にしほるる

いにしへをしのぶる雨とたれか見ん花もその世の友しなければ

雲にまがふ花の下にてながむればおぼろに月も見ゆるなりけり

老いづとに何をかせましこの春の花まちつけぬ我が身なりせば

わきて見ん老木は花もあはれなり今いくたびか春に逢ふべき

年を経ておなじ梢ににほへども花こそ人に飽かれざりけれ

散るを見でかへる心や桜花むかしにかはる心なるらん

なほざりに焼き捨てし野のさわらびは折る人なくてほどろとやなる

山吹の花咲く里になりぬればここにも井手とおもほゆるかな

真菅おふる荒田に水をまかすればうれし顔にも鳴くかはづかな

うれしとも思ひぞ果てぬほととぎす春聞くことの慣ひなければ

春ゆゑにせめてもものを思へとや三十日みそかにだにも足らで暮れぬる

さまざまのあはれをこめて梢ふく風に秋知るみ山べの里

玉に貫く露はこぼれて武蔵野の草の葉むすぶ秋の初風

つねよりも秋になるをの松風はわきて身にしむものにぞありける

船寄する天の川瀬のゆふぐれは涼しき風や吹きわたすらん

すゑ葉ふく風は野もせにわたれども荒くは分けじ萩の下露

夕露をはらへば袖に玉きえて道わけかぬる小野の萩原

折らでゆく袖にも露ぞしほれける萩の葉しげき野路の細道

花すすき心あてにぞ分けてゆくほの見し道のあとしなければ

けふぞ知るその江にあらふ唐錦萩咲く野辺にありけるものを

花の色をかげにうつせば秋の夜の月ぞ野守の鏡なりける

花の柄に露の白玉貫きかけて折る袖ぬらすをみなへしかな

たぐひなき花のすがたををみなへし池の鏡に映してぞ見る

庭さゆる月なりけりな女郎花霜にあひぬる花と見たれば

花をこそ野辺のものとは見に来つれ暮るれば虫の音をも聞きけり

小萩咲く山田の畔くろの虫の音に庵守いほもる人や袖ぬらすらん

独り寝の友とはならできりぎりす鳴く音を聞けばもの思ひそふ

分けて入る袖にあはれをかけよとて露けき庭に虫さへぞ啼く

秋風に穂末なみよる刈萱の下葉に虫のこゑ乱るなり

夜もすがら袂に虫のねをかけて払ひわづらふ袖の白露

虫の音に露けかるべき袂かはあやしや心もの思ふべし

横雲の風に分かるるしののめに山飛び越ゆる初雁のこゑ

白雲をつばさにかけてゆく雁の門田の面の友したふなる

烏羽からすばに書くたまづさの心地して雁鳴きわたる夕闇の空

晴れやらぬ深山みやまの霧のたえだえにほのかに鹿の声聞こゆなり

篠原や霧にまがひて鳴く鹿のこゑかすかなる秋の夕暮

夜を残す寝覚に聞くぞあはれなる夢野の鹿もかくや鳴きけん

小山田の庵いほちかく鳴く鹿の音におどろかされて驚かすかな

なにとなく住ままほしくぞ思ほゆるしかあはれなる秋の山里

かねてより心ぞいとど澄みのぼる月待つ峰のさ牡鹿のこゑ

夕露の玉敷く小田の稲筵かぶす穂末に月ぞやどれる

くまもなき月のひかりに誘はれて幾雲井までゆく心ぞも

ふりさけし人の心ぞ知られぬるこよひ三笠の月をながめて

池のおもに映れる月の浮き雲ははらひのこせる水錆みさびなりけり

くもりなき山にて海の月みれば島ぞ氷の絶え間なりける

山おろしの月に木の葉をふきかけて光にまがふ影を見るかな

鹿の音を垣根にこめて聞くのみか月もすみけり秋の山里

庵に漏る月のかげこそさびしけれ山田は引板ひたの音ばかりして

なに事をいかに思ふとなけれども袂しぐるる秋の夕暮

なにとなくものがなしくぞ見えわたる鳥羽田の面の秋の夕暮

おほかたの露には何のなるならん袂に置くは涙なりけり

山ざとは秋のすゑにぞ思ひ知るかなしかりけり木枯の風

こころなき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮

ひとり寝の夜寒になるを重ねばや誰がために擣うつ衣なるらん

染めてけりもみぢの色のくれなゐを時雨ると見えしみ山辺の里

さまざまの錦ありけるみ山かな花見し峰を時雨そめつつ

なにとかく心をさへは尽くすらん我が嘆きにて暮るる秋かは

惜しめども鐘の音さへ変はるかな霜にや露を結びかふらん

青葉さへみれば心のとまるかな散りにし花のなごりと思へば

草しげる道刈りあけて山里は花見し人の心をぞ見る

神垣のあたりに咲くもたよりあれや木綿かけたりと見ゆる卯の花

郭公ひとにかたらぬ折にしも初音聞くこそかひなかりけれ

里馴るる誰そ彼どきのほととぎす聞かずがほにてまた名のらせん

ほととぎす聞かで明けぬと告げがほに待たれぬ鶏の音ぞ聞こゆなる

ほととぎす聞かぬものゆゑ迷はまし花を尋ねし山路ならずは

ほととぎす思ひもわかぬ一声を聞きつといかが人に語らん

聞き送る心を具してほととぎす高間の山の峰こえぬなり

さみだれの晴れ間もみえぬ雲路より山ほととぎす鳴きて過ぐなり

水なしと聞き古るしてし勝間田の池あらたむる五月雨の頃

五月雨に水まさるべし打ち橋や蜘蛛手にかかる浪の白糸

軒ちかき花橘に袖染しめてむかしをしのぶ涙つつまん

露のぼる蘆の若葉に月さえて秋をあらそふ難波江の浦

夏山の夕下風の涼しさに楢の木陰の立たま憂きかな

夕立の晴るれば月ぞ宿りける玉揺り据うる蓮の浮き葉に

掬ぶ手にすずしき影をそふるかな清水にやどる夏の夜の月

み馬草まくさに原のすすきをしがふとて臥処あせぬと鹿思ふらん

旅人の分くる夏野の草しげみ葉ずゑに菅の小笠はづれて

山里は外面の真葛葉を茂み裏吹き返す秋を待つかな

霜埋む葎が下のきりぎりすあるかなきかの声聞こゆなり

時雨かと寝覚めの床に聞こゆるは嵐にたえぬ木の葉なりけり

霜にあひて色あらたむる葦の穂のさびしく見ゆる難波江の浦

霜さゆる庭の木の葉を踏みわけて月は見るやと訪う人もがな

淡路島瀬戸の潮干の夕ぐれに須磨より通ふ千鳥鳴くなり

さゆれども心やすくぞ聞き明かす河瀬の千鳥友具してけり

瀬戸わたる棚無小舟こころせよ霰みだるる風巻しまきよこぎる

花も枯れもみぢも散りぬ山里はさびしさをまた問ふ人もがな

玉懸けし花のすがたも衰へぬ霜をいただく女郎花かな

ひとりすむ片山陰の友なれや嵐に晴るる冬の夜の月

津の国の蘆の丸屋まろやのさびしさは冬こそわきて訪ふべかりけれ

山ざくら初雪降れば咲きにけり吉野は里に冬ごもれども

夜もすがら嵐の山に風さえて大井の淀に氷をぞ敷く

山里はしぐれし頃のさびしさに霰の音はややまさりけり

風さえて寄すればやがてこほりつつかへる波なき志賀の唐崎

吉野山ふもとに降らぬ雪ならば花かと見てや尋ね入らまし

闌けのぼる朝日のかげの射すままに都の雪は消えみ消えずみ

訪ふ人も初雪をこそ分けこしか道閉ぢてけりみ山辺の里

歳暮れしそのいとなみは忘られてあらぬ様なるいそぎをぞする

おしなべておなじ月日の過ぎゆけば都もかくや歳は暮れぬる

若葉さす平野の松はさらにまた枝に八千代の数をそふらん

君が世のためしになにを思はまし変はらぬ松の色なかりせば

かひありな君がみ袖におほはれて心にあはぬ事もなき世は

風吹けば花さく浪の折るたびにさくら貝よる三島江の浦

浪あらふ衣の浦の袖貝をみぎはに風のたたみ置くかな

絶えたりし君がみゆきを待ちつけて神いかばかり嬉しかるらん

いにしへの松の下枝をあらひけむ浪を心にかけてこそ見れ

すみよしの松の根あらふ波の音を梢にかくる沖つ潮風

かしこまるしでに涙のかかるかなまたいつかはと思ふあはれに

君住まぬ御内は荒れて有栖川忌む姿をもうつしつるかな

思ひきや忌みこし人のつてにして馴れし御内を聞かんものとは

最上川綱手ひくとも稲舟のしばしがほどは碇おろさん

つよく引く綱手と見せよ最上河その稲舟の碇をさめて

かかる世にかげも変はらず澄む月を見る我が身さへうらめしきかな

涙をば衣川にぞ流しつる古き都を思ひいでつつ

君去なば月待つとても眺めやらんあづまのかたの夕暮の空

今宵こそあはれみあつき心地して嵐の音をよそに聞きつれ

袈裟の色や若紫に染めてける苔のたもとを思ひかへして

露もらぬ岩屋も袖は濡れけりと聞かずはいかにあやしからまし

深き山の峰に澄みける月見ずは思ひ出もなき我が身ならまし

月すめば谷にぞ雲はしづみける峰吹きはらふ風に敷かれて

姨捨は信濃ならねどいづくにも月すむ峰の名にこそありけれ

庵さす草の枕にともなひて笹の露にもやどる月かな

梢もる月もあはれを思ふべしひかりに具して露のこぼるる

松が根の岩田の岸の夕涼み君があれなと思ほゆるかな

むかし見し野中の清水かはらねば我が影をもや思ひいづらん

津の国の長柄は橋のかたもなし名はとどまりて聞きわたれども

白河の関屋を月のもる影は人の心をとむるなりけり

浪のおとを心にかけて明かすかな苫もる月の影を友にて

見しままに姿も影もかはらねば月ぞ都の形見なりける

あはれ知る人見たらばと思ふかな旅寝の床にやどる月影

都にて月をあはれと思ひしは数よりほかのすさみなりけり

なにごとにとまる心のありければさらにしもまた世の厭はしき

馴れきにし都もうとくなり果てて悲しさ添ふる秋の暮かな

澄むと見えし心の月しあらはれてこの世も闇の晴れざらめやは

苫の屋に浪たちよらぬ気色にてあまり住み憂きほどは見えにき

山おろす嵐の音のけはしさをいつならひける君が住み処ぞ

くやしきはよしなく君に馴れそめていとふ都のしのばれぬべき

いにしへにかはらぬ君がすがたこそ今日はときはの形見なるらめ

いまよりは昔語りは心せんあやしきまでに袖しほれけり

住む人の心汲まるる泉かな昔をいかに思ひいづらん

もみぢ見て君が袂や時雨るらん昔の秋の色をしたひて

色ふかき梢を見ても時雨つつふりにしことをかけぬ間ぞなき

いまだにもかかりと言ひし滝つ瀬のその折までは昔なりけん

いにしへはついゐし宿もあるものを何をか今日のしるしにはせん

しげき野をいくひとむらに分けなしてさらに昔をしのびかへさん

朽ちもせぬその名ばかりをとどめおきて枯野のすすき形見にぞする

この世にて語らひおかむほととぎす死出の山路のしるべともなれ

ほととぎす鳴く鳴くこそは語らはめ死出の山路に君しかからば

浅く出でし心の水やたたふらん澄みゆくままに深くなるかな

夢さむる鐘のひびきにうちそへて十度の御名を唱へつるかな



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