栄花物語 十 ひかげのかづら 現代日本語訳
栄花物語 十 ひかげのかづら 現代日本語訳
【栄花物語(えいがものがたり)】
【十巻 ひかげのかづら 現代日本語訳】
古文:殿、おはしませば、いくその人びとか競ひ登りたまふ。
現代:殿(藤原道長)が、(比叡山無動寺に)いらっしゃったので、大勢の人びとが、(お供として)競い合うように登山なさる。
古文:いつしかおはしまし着きて、見たてまつらせたまへば、例の僧たちは、額の程けぢめ見えでこそあれ、これはさもなくて、あはれに、うつくしう、尊げにおはす。
現代:(藤原道長が)早くも到着されて、(周辺を)拝見されると、平凡な僧たちは、(坊主頭の)額の境目のあたりを見ても、誰彼の区別が判然としないが、これ(藤原顕信)はそうでもなくて、魅力的で、上品で、尊げでいらっしゃる。
古文:なほ、見たてまつりたまふに、御涙とどめさせたまはず。
現代:やはり、(藤原道長が)拝見されるに、(藤原道長は)涙をお止めにならない。
古文:そこらの殿ばら、いみじうあはれに、見たてまつらせたまふ。
現代:辺りの貴族たちも、とても感動して、(藤原道長と藤原顕信の再会を)拝見されている。
古文:殿の御前「さてもいかに思ひ立ちことぞ。なにごとの憂かりしぞ。我をつらしと思ふことやありし。
現代:藤原道長は「さて、どうして思い立ったことなのか。何事が辛かったのか。私を冷淡と思うことでもあったのか。
古文:つかさこうぶりの、心もとなく覚えしか。また、いかでかと思ひかけたりし女のことやありし。
現代:官位爵位(の出世)が、不満だと思ったのか。または、どうしてもと(一緒に暮らしたい)思いを決めた女のことでもあったのか。
古文:異ごとは知らず。世にあらん限りは、なにごとをか見捨ててはあらんと思ふに、心憂く。
現代:他のことはわからない。(私が)生きている限りは、どんなことでも見捨てておくつもりはないと思っているのに、情けなくて、
古文:かく母をも我をも思はで、かかること」とのたまひ続けて泣かせ給へば
現代:このように母(の気持ち)も、私(の気持ち)も考えず、こんなことをしでかして」と言われ続けて、お泣きになるので、
古文:いと心あわただしげにおぼして、我もうち泣きたまひて、
現代:(藤原顕信も)とても不安にお思いになり、自身もお泣きになって、
古文:「さらになにごととか思うたまへむ。唯、おさなくはべりし折より、いかでと思ひはべりしに、
現代:「全く何事か(不満に)思うでしょうか(いえ、不満にはおもっておりません)。ただ幼い頃から、どうにかして(出家したい)と思っていました。
古文:さようにもおぼしめしかけぬことを、かく申さんもいと恥づかしうはべりし程に、
現代:そのようには(藤原道長が、父親として息子の出家を)お考えもしていないことを、その通りにお願いしようとしても、気が引けてしまっていて、
古文:かうでしなさせたまひにしか、われにもあらで、ありきはべなり。
現代:このように(藤原顕信を右馬頭にまで出世)させてくださいましたので、自分らしくないが、(宮仕えを)していたのです。
古文:たれにもたれにも、なかなかかくてこそ、仕うまつる志もはべらめ」と申したまふ。
現代:誰にでも、かえってこのように(出家)となったので、お役に立つ意志はありましょう」と申し上げられた。
古文:さて、やがてそこにおはしますべき御心、おきて、あるべきことども、のたまはす。
現代:さて、そのまま(顕信が比叡山無動寺に)お住まいになることについて、(藤原道長が)思いや、約束や、あるべき規則などを、言われた。
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